借りた身体でつくる心の作品
今日の教えは、撮影場所として貸し出されたお寺の修行場を見て思いついた比喩から始まります。撮影スタッフがそのスペースを借りて、準備、撮影、編集を行い、自らの努力で作品を作ります。場所は背景になりますが、それをどう使うかで作品の完成度が決まります。
私たちの身体も同じです。この身体は、私が永久に所有する物というよりは、しばらく借りて使っている修行の場です。身体は貴重なものです。私たちは健康であれば、動き、学び、働き、修行することができます。しかし、体型や外見だけに意識が囚われていると、正しい体の使い方を忘れてしまいがちです。
これは、体をぞんざいに扱ってよいという意味ではありません。映画スタッフが機材やロケ地を慎重に扱うのと同じように、私たちも身体を健康に保ち、きちんと管理する必要があります。しかし、重要なのは、私たちがその体を通して何をするかです。肝心なのは、身体を基礎として心を治め、知恵を広げ、修行を深めることです。
良い作品は背景だけで作られるものではありません。準備、方向性、そして誠意が同時に存在しなければなりません。私たちの人生も同じです。私たちが日々どのような考えを育み、どのような言葉を発し、身体の背景を借りながらどのような心を磨いているかによって、心の作品は変わってきます。
今日は、身体を嫌ったり、過度に執着したりしないようにしましょう。しばらく借りている貴重な修行の場として身体をいたわり、その身体でどのような心の作品をつくっているのかを見つめてみましょう。健康な身体と正しい修行が出会うと、智慧は少しずつ深まります。
身体は永遠の所有物ではなく、しばらく借りている修行の場です。健やかにいたわることは大切ですが、外見だけに執着すると、身体を通して行うべき修行を見失います。この身体を土台に心を整え、智慧を広げ、よい心の作品をつくっていきましょう。