今日の言葉
次の駅を思い出す心
2025 . 12 . 18
今日の教えは、地下鉄に乗る短い旅のたとえから始まります。通勤のために地下鉄に乗った人は、自分がその車内に永遠にいるとは思いません。どこで乗り、どの駅で降りるのかを知っているので、その時間を過ぎていく旅として受け止めます。
師は、私たちの人生もこれと大きく変わらないと説かれました。私たちは長く生きるように感じますが、たとえ百年生きたとしても、大きな流れから見れば、しばらく留まってまた進んでいく道です。次の駅で降りる人なら、車内のささいなことで長く争ったり、すべてを握りしめようとはしません。
けれども私たちは生きる中で、不要な論争、過敏な感情、傷つけ合う言葉、財物や人間関係への執着に多くの力を使ってしまいます。今あるものが永遠に自分のものかのように握りしめ、小さな損失にも心を奪われます。しかし、いつか降りなければならないことを思い出すと、それらがすべてではないと少しはっきり見えてきます。
次の駅を思い出すとは、人生を虚しいものとして見るという意味ではありません。むしろ、今日の時間をより意味深く使うということです。無駄に消耗する心を減らし、修行し、人との関係を穏やかにし、今できる善いことに力を向けるのです。
今日は、心が過敏になったり誰かと言い争いたくなったりしたとき、少し立ち止まって考えてみてください。私はこの地下鉄に永遠に乗っているのではありません。いつか降りる者なら、今この瞬間をどう使えばよいのでしょうか。その気づきが心をやわらげ、一日を穏やかにします。
人生はしばらく乗っていく旅のようなものです。小さな争いや執着に力を使いすぎず、穏やかに修行してください。
人生は永遠に留まる場所ではなく、しばらく乗っていく旅のようなものです。次の駅で降りる人は、車内の小さな争いや執着にすべての力を使いません。いつか降りることを覚えていれば、今日をより意味深く修行し、穏やかに生きることができます。
漫画は韓国語原文で表示されます