難しい時にも感謝できる心
誰かが親切にしてくれたり、よいことが起こったり、物事が自分の思い通りに進んだりする時に感謝するのは難しくありません。そのような時には、誰でも感謝の心を起こしやすいものです。
しかし修行でより大切なのは、物事が思い通りにならない時の心です。誰かに不親切にされたり、寂しい言葉を聞いたり、体調を崩したり、仕事が行き詰まったりする時にも、その中で感謝できる心を起こすのは簡単ではありません。
それでも、その時にもこう考えてみることはできます。事故が起きたとしても、この程度で済んでよかった。不親切にされたとしても、もっと大きな傷でなくてよかった。体が痛んでも、まだ生きていて息ができることはありがたいことです。これは状況を無理によいものとして飾ることではありません。その中でも崩れない心の場所を見つけることです。
また私たちは、知らず知らずのうちに「自分は大切に扱われるべきだ」という心を持つことがあります。自分は客だから、目上だから、自分の方がよく知っているから、相手が自分を認めて合わせるべきだと思うと、小さな寂しさも大きく感じられます。その心が強くなるほど、不平や不満も起こりやすくなります。
だから修行者は、いつも大切に扱われようとする心より、感謝し、自分を低くする心を練習しなければなりません。相手が自分を十分に認めてくれなくても、自分の思い通りにしてくれなくても、まず自分の心を見つめ、やわらかく整えることが大切です。
ただし、感謝するということは、間違ったことをすべて我慢しなさいという意味ではありません。必要な言葉は言わなければならず、正すべきことは正さなければなりません。ただその時にも、恨みや怒りに引きずられるのではなく、感謝と智慧をもとに話し、行動することが修行です。
今日も、よいことには感謝し、難しいことの中にも学ぶべきものを探し、大切に扱われようとする心より、自分を低くしてよく見つめる心で一日を過ごしてください。
よい時に感謝するのは簡単です。しかし思い通りにならない時、寂しい出来事に出会う時、体が痛み心が不安な時にも感謝できるなら、それが修行です。大切に扱われたい心を手放し、難しい状況の中でも学ぶべきものを見つける一日にしてください。