今日の言葉

終わりと始まりをつかまない心

2025 . 12 . 31

今日の教えは、一年の最後の日に、終わりと始まりをどう見つめるかを問うものです。暦と時間は、私たちが生きるために定めた約束です。年が変わり、日付が変わると、すべてが新しくなったように見えます。しかし人生そのものが、ある瞬間に完全に切れて、また始まるわけではありません。

仏教では、本来、作られたものもなく、完全に消えてしまうものもないと説きます。生じるものもなく、滅するものもないという言葉は、単なる理論ではありません。私たちが握りしめている終わりと始まりの思いを手放させる、話頭(Hwadu)です。

生きていると、人と共にいることが難しく、不快なことを受け止めなければならない時も多くあります。一人で生きても不便はあり、共に生きても不便はあります。しかしその不快さも、人生から切り捨てるべき失敗ではなく、今ここで引き受けながら学ぶ修行の場かもしれません。

年が変わっても、すべての問題が一瞬で消えるわけではありません。それでも、心が終わりと始まりを強くつかみすぎなければ、過ぎた感情も少しやわらかく手放せます。今も続いている人生の中で、何を見て何を学ぶべきかが、よりはっきりしてきます。

今日は、最後という思いにしがみつかず、新年という名だけにも頼らず、今この心を見つめてください。生じる、消えるという思いをしばらく手放し、続いている人生の中で、耐えるべきことは耐え、学ぶべきことは学びましょう。それが、一年の終わりに出会う今日の話頭(Hwadu)です。

年が変わっても、人生は本来そこで断ち切られるものではありません。終わりと始まりという思いを手放し、今も続いている心を見つめればよいのです。

年が変わっても、人生は完全に断ち切られて、もう一度始まるわけではありません。終わりと始まりは、私たちが付けた名前かもしれません。生じる、消えるという思いをしばらく手放し、今も続く人生の中で、耐えるべきことは耐え、学ぶべきことは学びましょう。

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終わりと始まりをつかまない心 漫画
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